前期(火・3)時間割表へ
    社会思想史I
  愛の秩序
AOYAMA HARUKI 
青山 治城
2単位 
1〜4 
前期 
50403500

 明治以前の日本には「社会」という言葉はなく、これに近いことばとしては娑婆、世間、仲間、世の中などがあった。現代でも本当に日本に「社会」が存立しているかどうか、必ずしも明らかではない。しかし、これは何も日本だけの問題とは限らない。「社会」というのは society の訳語として定着したものであるが、英語にもcommunity、association、commonwealth、republic 等々、society の同義語があり、「社会」という言葉は多様な意味を含んでいる。一般に「社会思想史」というと近代以降が対象となるが、近代に(再)発見されたと言われる「社会」の意味を考えるためには、近代以前にも目を配る必要がある。
 政治的社会思想としては、現在なお近代ヨーロッパの「社会契約論」が中心的意味を有しているが、そこでの問題は、主に「国家」の正当性を論証することであり、議論の中心は、もっぱら「正しい秩序」としての「正義」論にあった。だが、人間は政治的正義や経済的利害だけで「社会」を作るものではない。恋愛や友愛もまた、ある種の「社会」を形成する。特に昨今のネオ・リベラリズム(新自由主義)の蔓延に対して、特にその市場原理主義とも言うべき風潮に対して、それを批判する視点から愛や信頼の意義を説く論者も現れている。現在、もっぱら嘲笑的批判の対象となっている鳩山首相の「友愛」主義も、フランス革命における3つの理念(自由・平等・友愛)を考え直すためには重要なものである。自由主義と平等主義の対立であった東西冷戦の終わった現在、これまでほとんど注目されてこなかった第3の理念としての「友愛」が何を意味するのかを検討し直す必要があるからである。
 本講では、古代から近代前期までの「愛」の概念に注目しつつ、その多様性とそれがもつ社会秩序形成力について考えたい(後期には近代以降現代までを扱う予定)。英語の表現にも love をはじめとして、affection、attachment 等、多様な「愛の形」がある。古代にまで遡ると、エロース、アガペー、フィリア、カリタスといった言葉が使い分けられていたことが分かる。「正義の秩序」との対比を念頭に起きながら、これら「愛の秩序」について考えていきたい。

評価方法:  出席率と理解度を測るために毎回提出のリアクション・ペーパーと、最後に提出するレポートによって判定する。両者の評価割合は、原則としてそれぞれ50%。

テキスト名: 山脇直司ヨーロッパ社会思想史東京大学出版会1992

参考文献: 金子晴勇愛の思想史知泉書館2003
水田洋社会思想少史ミネルヴァ書房2001

   各回の内容に関連するテキストは、そのつど提示する。少なくともそのうち数編はじっくり読んで最後のレポートに生かしてもらいたい。参考文献は、数少ない「愛の思想史」であり、適宜参照する予定。『社会思想史』のテキストは、さまざまな観点から書かれたものが多数ある。この授業では特定のテキストは指定せず、独自の観点で構成していく予定だが、各自、どのようなテキストがあるか、見ておくことが望ましい。山脇氏のテキストは、古代から現代までを網羅的に扱ったものである。

注意事項:  時代にそって見ていく予定だが、授業計画はあくまで予定であり、変更される場合もありうる。

授業計画――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1. はじめに:「社会」および「社会思想」とは何か
 「社会」という言葉の意味および社会思想にとっての「愛」の意味について:フランス革命の「友愛」
2. 西欧的愛と日本的情愛
 男女の恋愛、夫婦愛、親子愛、祖国愛、慈悲・仁愛など、文化的な違いと共通性について考える。
3. 古代ギリシアのポリスと哲学:プラトン(『饗宴』)における愛(エロース)
 少年愛から美への愛へ、美を求める心としてのエロース。フィロ(愛)ソフィア(知)=哲学
4. アレクサンダー帝国と普遍秩序:アリストテレスにおける愛と秩序
 ディケー(正義)とフィリア(友愛)
5. 古代(ヘレニズム期)自然法思想:ストア派とエピクロス派
 理性(ラチオ)と幸福(アタラクシア)・・・世界国家cosmopolitina
6. ローマ帝国と法:アウグスチヌスにおけるキリスト教の愛と秩序
 地上の国と神の国
7. トリスタンとイゾルデ:宮廷恋愛
 社会の変化と愛の変質
8. スコラ哲学:トマス・アクィナス(13世紀)における神学と哲学の統合
 神への愛と人間の愛
9. ルネッサンスとイギリス経験論:ドン・スコトゥス(13世紀)〜ウィリアム・オッカム(14世紀)〜マキャベリ(15-16世紀)
 経験主義、自然主義の台頭
10. ルターとコペルニクス(16世紀):信仰と愛
 宗教改革と社会思想:神の秩序と身分的秩序
11. デカルトとパスカル(17世紀):心身2元論の問題
 愛の過剰性と火急性
12. ホッブズとロック(17世紀):社会契約論
 自然状態と社会状態
13. ルソーとカント(18世紀):自然への愛と理性主義
 「一般意思」からドイツ観念論へ
14. まとめ:ケアと正義
 愛と正義の関係、「信頼」の構造