音楽は諸芸術のなかでも不思議な位置を占める。その第一の理由は音楽における芸術経験にあると言ってよいであろう。例えば美術館での絵画経験は、鑑賞者は静止した画像を前にし、その態度としては穏やかでありながら知性は解釈活動で盛んであることが予想されるのに対して、音楽経験には、同じように態度が穏やかで尚かつ解釈するような行動があるだろうか。否、むしろ、音楽経験では、作品の意図や意味など考えず、場合によっては音響世界に身を委ね、もしかしたら没入体験へと、あまりに非日常的で非理性的な、そして感情的な体験へと入り込むことになっているのではないだろうか。このような特殊な体験は確かに稀ではあるが、しかし少なくとも音楽経験が感情的経験であることを否定する者はいないであろう。その意味では、音楽は人間に影響を与え、確実に変容させる不思議な存在であると言えるのである。音楽とは何か。この問いを、実は多くの哲学者たちが論じてきた。これを考えてみたいのである。前期は古代古典思想を扱い、その音楽概念の適用対象の広さに驚いてもらいます。例えば、宇宙やその中の天体、人間の心、学問教養など、さしあたって音楽と関係なさそうなものまで、古代の「音楽概念」は含んでいるので、その概念の豊かさを理解してもらいたいと考えている。
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