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    日本倫理思想史IB
  武士の思想
KUBOTA KOMEI 
窪田 高明
2単位 
1〜4 
前期 
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本年度は、近世以降の武士の思想を中心に取り扱う。近世以前の武士については、その前提として簡単に触れることにする。
武士は約700年間にわたって日本の支配者であった。日本人はその事実を当然のこととして受け止めているため、この事実がきわめて異例のことであることに気付かない。しかし、武士が戦闘者、すなわち軍人であり、軍人の政権は平常な状態での支配の形としては例外的なものなのだ。戦闘の専門家である軍人が、異なる領域である統治、行政をも長期にわたって担い続けることは本来は不適切である。
日本では、このような例外的な政治体制が長く続いた上に、その期間に社会の成長も維持されてきた。これはさらに奇妙なことである。軍事政権では、軍事が優先されるため、経済や生活が犠牲になるのが普通なのだ。これを見ても日本の武士が単なる戦闘者ではなかったことが推測される。
武士のもう一つの特色は、その精神的な評価である。武士は戦闘者としての優秀性だけではなく、人間一般の道徳的な価値の体現者と見なされてきた。暴力的な存在である戦闘者が、同時に道徳的な存在であるということは、けっして当然のことではない。
この授業では、武士とその思想の変化を時代を追って学ぶことにする。
授業で参照する資料は、プリントで配布する。特定の教科書は使用しない。
参考文献など、授業に関する情報を、次のホームページで提供する。時々参照しておくこと。
(以下の授業計画の実施回ごとの内容は、かならずしも各回ごとの内容というよりは、授業の展開の予定を示したものである。

評価方法: 期末に試験を行う。ノート、資料の持ち込み不可。(受講者が少数の場合は、レポートに変更する場合もある。)

注意事項: 参考文献等については授業中に示す。

授業計画――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1. 武士という存在の特殊性
日本人にとっては当然のものと思える武家政権の特殊性を考える。
2. 近世以前の武士
武士の発生。武士の地位向上。武家政権の成立。武家法の思想。政治権力の分散。
3. 近世の武士の矛盾
江戸時代になると武士は政治権力を完全に掌握したが、それは同時に戦闘者としての武士による戦闘の否定という異常な事態をもたらした。もっとも安定した武家政権がみずからの本質を否定するという矛盾を考える。
4. 士道論の成立
統治者としての性格を前面に押し出した新しい武士道論を士道論という。士道論は、道徳的な人間を理想とする儒学を基礎として、身分としての武士を正当化しようとする。
5. 武士道の自覚
士道論に対して、武士の根拠が戦闘者としての武士にあることにこだわり続ける思想を武士道論という。その代表は『葉隠』である。『葉隠』の武士道論は、自己を戦闘者であると認識しつつ、一方では戦闘なき時代を生きる思想である。
6. 武士の矛盾−−赤穂事件
歌舞伎などの忠臣蔵で有名な赤穂事件は、近世の武士の抱えている根本的な矛盾が、主君の刃傷という事件を契機としてあらわな形で噴出した事件であった。人々はそれをどう考え、どう評価しようとしたのか。近世武士の矛盾を具体的な事件をとおして検証する。
7. 武家支配の破綻
近世の武家支配の矛盾は、武士階級の貧窮化をもたらす。貧窮化への対応は、まずは倹約という形をとるが、やがて藩の財政再建の努力という形をとる。それを代表する上杉鷹山の事例を考え、その成果と限界を考える。
8. 武士の自己否定
武士が支配する社会の矛盾を基本的に解決するためには、武家支配そのものを廃棄するしかない。その自覚は19世紀になって急速に進行する。しかし、近世的な武家支配の体制を否定するものも武士であった。吉田松陰など武家政治の改革が武家政治の否定に至る幕末の思想展開を学ぶ。
9. 武士の解体過程
武士は戦闘力を独占した支配者でありながら、大規模な戦闘を行うことなく解体した。その解体の過程を、明治政府の施策の展開に即して理解する。
10. 近世の武士道−−新渡戸稲造
現在の武士道への関心は、新渡戸稲造の著書『武士道』によるところが大きい。しかし、新渡戸の武士道は、実際の武士道とはまったく異なる思想であった。その特質と背景、さらにはその現代への影響を考える。