それまで未分化であった日本の<心身>は、近代を迎えてはじめて<霊肉二元論>として<精神>の優越性と<肉体・性>の劣等性へと分断線が引かれることになる。キリスト教は霊的な<愛>を、そして近代医学/科学は<性欲>をそれぞれ現出させるが、この時このふたつのカテゴリーは二項対立的に位置づけられることになった。ここに<性愛>が<性/愛>と捉えられるモメントが見いだされるが、近代日本文学はこの断層・相克のはざまでもがき苦しむ人物たちの「争闘」がさまざまな形をとって表現されている。この授業では近代日本における性的規範の崩壊と再構築というダイナミックな社会の変動にまなざしを注ぎながら、国家を下支えする儒教倫理と足並みを揃える家イデオロギーに縛られる反面、性的逸脱をも許容していたうねりの大きさも検証する。田山花袋の『蒲団』、有島武郎の『或る女』、谷崎潤一郎の「痴人の愛』を取り上げながら、ジェンダーとセクシュアリティの位相の編みかえや掘り起こしを通して<近代>の内実の重層性を検証してみることにする。文学テクストに等身大でぶつかり、考えたことを整合的にまとめるのではなくたとえ矛盾を含んでいたとしても刺激的な自論としてお互い活発な討議ができるようにしたいと考えている。
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