研究演習-22 
KUBOTA KOMEI
窪田 高明 
4単位 
3〜4年 
通年 

人はなんとなく曖昧な日々を生きている。しかし、人は時として、自分の存在の有限性を自覚させる「絶対なるもの」の存在を意識することがある。そのとき、人は曖昧な日常や相対的な価値判断を否定され、超越的なものへ目を向け、またそこから自己をかえりみることを求められる。それは、非日常的な存在としての自己があらわになることである。
そのような経験を人はいかにして語ることができるのだろうか。『歎異抄』はそのような表現の典型ではないだろうか。われわれを救済する阿弥陀仏の前で、自己とは何であり得るのか。
この講義では、『歎異抄』を読むと同時に、親鸞の主著である『教行信証』を読み進め、『歎異抄』を読了した後は、こちらに移る。十分理解できるよう、一回に少しづつ進む。
演習なので、毎回、発表者を決め、担当部分について発表し、それについて議論をとおして理解を深める。  

評価方法: 一年で2回のレポート提出を求める。

テキスト名: 佐藤正英『新註 歎異抄』朝日新聞社・朝日文庫、1994年
親鸞『教行信証』岩波書店・岩波文庫、1957年
テキストを用意しないと、授業に参加できない。自分で書店で購入すること。なお、『歎異抄』は岩波文庫など、さまざまな形で出版されており、他の本でもよい。

授業計画――――――――――――――――――――――――――――――
1.演習なので、毎回の内容を予告しがたいが、『歎異抄』を順番に読んでいく。
ただし、教科書のはじめからではなく、途中から読むので注意。
まず、「序」76ページ。
2.「序」続き。漢文序。
3.第1条、第2条。
4.第3条、第4条、第5条。
5.第6条、第7条、第8条、第9条。
6.異義条々の第1条、第2条。
7.異義条々の第3条、第4条。
8.異義条々の第5条、第6条。
9.異義条々の第7条、第8条。
10.後記。
11.『教行信証』を読む。(以下同)