社会思想史I 
AOYAMA HARUKI
青山 治城 
2単位 
1〜4年 
前期 
愛と正義の秩序

明治以前の日本には「社会」という言葉はなかった。それまでの日本にあったのは、娑婆、世間、仲間、世の中などであった。現代でも本当に日本に「社会」が存立しているかどうか、必ずしも明らかではない。しかし、これは何も日本だけの問題とは限らない。「社会」というのは societyの訳語であるが、英語にも、community, association, commonwealth, republic等々、societyの同義語は多い。また、ドイツの社会学者によってなされた Gesellschaft(利益社会)と Gemeinschaft(共同社会)という区別も重要である。「社会」という言葉には実に多様な意味が込められている。
政治的社会思想としては、現在なお近代ヨーロッパの「社会契約論」が中心的意味を有しているが、そこでの問題は、主に国家の正当性を論証することであり、議論の中心は、もっぱら正しい秩序としての「正義」論にあった。だが、人間は政治的正義や経済的利害だけで「社会」を作るものではない。恋愛関係や「愛」国主義もまた、ある種の「社会」を形成する。
本講では、まず「愛」に注目して、その多様性とそれがもつ社会秩序形成力について考えたい。英語の表現にも loveをはじめ、affection, attachment等、多様な「愛の形」がある。古代にまで遡ると、エロース、アガペー、フィリア、カリタスといった言葉によって使い分けられていたことが分かる。「正義の秩序」との対比を念頭に起きながら、これら「愛の秩序」について考えていきたい。  

評価方法: 数回の小レポートと最後にテーマを絞ったレポートを提出してもらう。読んでもらいたいテキストは、そのつど指示する。その数は授業の回数よりも多くなるが、少なくともそのうち数編はじっくり読んで最後のレポートに生かしてもらいたい。

テキスト名: 全体の見通しをつけるためのテキストは用意する予定。

注意事項: 各回の授業計画はあくまで予定であり、変更される場合もある。 

授業計画――――――――――――――――――――――――――――――
1.はじめに:
「社会」という言葉の意味および社会思想にとっての「愛」の意味について。
2.日本における恋と愛:
 男女の恋愛、夫婦愛、親子愛、祖国愛、慈悲・仁愛などの違いと共通性について、伊藤整「近代における『愛』の虚偽」や柳父章『翻訳後成立事情』などを参考にしながら、キリスト教的「愛」との対比において考える。
3.日本の情―愛:
 日本の社会を特徴づけるものとして、久鬼周造『いきの構造』、山折哲雄『愛欲の精神史』などを取り上げ、その文化論の意義と問題を考える。
4.プラトン(『饗宴』)における愛(エロース):
 愛とは美を求める心として説かれている。二つに断ち切られた人間が自分の半身を求めるのが愛だという、有名な説が論究されているのもこの作品である。
5.プラトンにおける愛と秩序:
 少年愛から美への愛
6.アウグスチヌス:
 キリスト教の愛と秩序
7.中性スコラ哲学:
 神への愛と人間の愛
8.ルター:
 信仰と愛、神の秩序と身分的秩序
9.ルソー:
 自然への愛(一般意思と特殊意思)
10.パスカル:
 愛の過剰性と火急性、
11.キルケゴール:
 ヘーゲル批判;考えることと生きること
12.M.シェーラー:
 愛の現象学;共感と感情移入
13.まとめ:
 愛と正義の関係