交換留学体験記(金剛大)

 

 

大歳麻里(20228月〜12月)

 

SIM

あらかじめ留学用SIM(aah!educationのもの)を購入しており、予約や飲食店の順番待ちなど何から何まで電話番号が必要な時が多いのですぐに電話番号が使える状態にしておくと便利。

会計

韓国はほぼキャッシュレス。学校でまとめてもらう場合外国人登録が済むまでに時間がかかるため国内クレジットカードが出来上がるまでには何ヶ月もかかった。決済はクレジットカードが主流なので日本で作っていくべき。また基本何でも使えるが、ソウル内でもマスターのクレジットカードが使えないことが何度かあった。なのでVISA等も持っておくこと良い。

現金が必要な場合(交通カードのチャージ、割り勘)は必ずあるので現金が引き出せるデビッドカードも作った。

韓国人学生はよく出前を取ったり通販を利用していたが、決済が不便で帰る1ヶ月前までは全く使えなかった。私たち留学生は外国人登録証が無いと身分証がないため銀行が使えず、韓国人のほとんどが現金を持たないため割り勘が不便(口座が無く送金できないため)など様々な問題があった。

外国人登録証の発行ができる施設がこの市にはなかったため大学が代理で書類の提出はしてくれたが、結局対面での本人確認が必要で完成して手渡されるまでに時間がかかった。

移動手段

地下鉄は数分遅れることはあがそこまでルーズではない。電車賃は125円程度で安い。バスはほとんど定刻通りにくる。交通カードのチャージには現金が必要。

韓国では切符を売ってないので交通カードが必要。一度家に忘れ焦ったことがあったが、テジョンの都市部には使い切りのコインのような切符があった(カードでの賃金より少し割高)。改札ではカードをタッチする場所にかざして通り、降りる駅で返却する。新鮮でいい経験にはなったが、お金がもったいないので忘れ物には気をつけたい。

両替

空港で必要な値段を全額すぐしてしまうよりも、明洞の辺り両替でするとレートが高いため出来るだけそちらですると良いようだ。

ホテル

大学まではKTXと大学のバスで行ったが、大学のバスの本数が少ないため一旦ソウルに泊まった。ホテルは日本語対応があり、一階にはコンビニがあり、駅が近く買い物に出やすかったので良いホテルだった。(最寄り市庁駅、ホテルグレイスリーソウル)

ソウルから学校までの移動

本来ならソウル駅からテジョン駅に移動しバスに乗る予定が、丁度良い時間が無かったためヨンサン駅からソデジョン駅(テジョン駅に近い)に乗りバスで移動した。iTX(KTXの鈍行列車のようなもの)に乗りテジョン駅からは学校のバスで学校に向かった。バスの乗り場を見つけるのに時間がかかることを見越して一時間前から最寄りの駅にいたものの、バス停が2ヶ所あったことを知らず乗ろうとしていたバス停に行くと出発時間がすぎておりバスが行ってしまった。一日に2本しかなく学校まで行くバスは他になく混乱したが、事前にできていた留学生のグループチャットから同じ日に来ていそうな人を探し電話をかけた。初対面だったが親切に対応してくれ、私はタクシーに乗り留学生さんに教えて貰ったもう一つのバス停に向かった。今思えば留学生さんに連絡したおかげで留学生の友達がたくさんできたのかもしれない。

到着した日

9時くらいに学校に到着し布団を受け取って、夜ご飯はこの大学の学生なら誰でも知っているというチキン屋さんに行った。案内してくれた現地学生の1年生1人と留学生みんなで行ったのだが、店自体が近くに1つしかないそうで街灯もなく真っ暗な道なき道を通って15分くらいでたどり着いた。

到着日から開講まで

学校が始まって余裕が無くなる前に学校の中にある仏教学科のお寺に散策に行った。

すごく立派で観光に行かなくても満足できるほど広大で荘厳な雰囲気の漂う伝統的なお寺だった。後日聞いた話だが、コロナ禍前は留学生はテンプルステイと行ってお寺に泊まる体験ができたらしい。今後戻るのか、学生が多かった時代の話であるためわからない。

食堂、食事

4,500ウォンの食券を買い自分で好きな分の量を取り、最後に食券入れに入れる。基本的に辛い料理が出て、キムチ以外の野菜がない日がある。韓国料理は好きだが変わり映えせずあまり口に合わないものも多く体調を崩すこともたまにあった。汁類や麺類が付くのだが渡してくれるため調節できず、量の多さに苦戦した。無理して食べるよりも残す文化なのは理解していたのだが日本人の感覚はなかなか抜けなかった。

また、コロナの影響でここ数年入学者数が激減した結果、土日祝の運営を停止している。

韓国人の学生は毎日利用する人の方が少ないようだった。美味しい食事の日は食堂に人がいっぱいいて、まあまあだと判断したら各自部屋で頼んだチキンやラーメンを食べるようだ。

キッチンが無く、冷蔵庫はほとんどの部屋にないので自炊は不可。コンビニも外食できるレストランもなく、市内バスが出ているが本数も限られており休みの日に毎日ご飯のために外出するのは大変だった。金曜日に出ているバスでテジョンに出て買い出しをしたり、外食をして過ごした。

パートナーシッププログラム

金剛大学校の留学生たちは韓国人の学生と1:1もしくは1:2でパートナーを組み活動する制度に参加することができた。週に4時間パートナーと言語交換をし、報告書を作成することで奨学金が受け取れる。英語を使う留学生たちは英語と韓国語の交換をしていたが、日本人は日本語と韓国語の交換だった。日本語を学びたい韓国人学生がいれば参加できる。

この制度のおかげで韓国人の学生と話せて最近の流行を知ったり韓国語を学ぶ上での疑問をすぐに解決できたり、街中やお家に遊びに行ったりできた。私の場合交換留学で奨学金目的にこの大学を選んだわけではなかったが、他の留学生は奨学金があるためここにきているといった感じだった。期末の直前に今年度をもって奨学金が減額すると急に発表があり、留学生たちは語学堂の授業を中断し抗議していた。減額の決定が覆らなかった場合留学は続けられないと言う留学生も多数いたため、もしかしたら来学期から留学生同士の交流やパートナーシップ制度がなくなるかもしれない。

寮内の施設

地下一階には食堂の他に洗濯室や、卓球・ビリヤード・カラオケができる場所があったり、日本語ルーム、中国語ルーム、読書室等の勉強用施設があった。学生数が減り日本語、中国語専攻が無くなってしまい今はあまり使われていないようだ。パートナーシッププログラムのパートナーたちや留学生たちとカラオケやビリヤードをしてみたが、日本語の歌にも対応していたり日常会話の英語を学べたりと、寮内だけでも様々な体験ができる大学だなと感じた。

授業

補講期間の1週間はこの学期に祝日と授業日が被った日や先生の都合が合わなかった日があった場合この期間に授業が行われる。語学堂は関係なく通常授業があった。この期間に期末をする授業は最後の週には授業がないが基本的には期末は最後の週に行われた。

成績は相対評価のため教授から日本人の留学生が同じ授業を受けるとA+を取れないのということでやる気を失う生徒が多いことと、韓国人学生は成績に卒業がかかっているため譲ってあげてくれと言った内容のカカオトークが届き衝撃を受けた。話を聞いたところ今までの日本人の交換留学生は承諾してくれていたとのことだった。なんとなく断れず結局折れてしまったが嫌だったら拒否して大丈夫だと思う。

地域@ 百済文化祭(백제문화제)

百済の王都であった忠清南道の公州市と扶余郡で1955年から毎年開催されている祭りで、20157月に百済歴史遺跡地区がユネスコ世界遺産に登録されて以降、百済の末裔と観光客で祭りをより盛り上げて行こうと進化し続けているよう

実際に百済時代の遺産や当時の様子を見ることができる展示や韓国の伝統的な建物や風景が広がっていてとても楽しかった。

行きはバスを乗り継ぎ、帰りは初めてタクシーをアプリで呼ぶことに成功し、門限前無事に寮に戻ることができ大冒険ができた貴重な体験だった。

地域A계룡세계군문화엑스포(鶏龍世界軍文化エクスポ)

私が留学している金剛大学校の裏にある鶏龍山の反対側に鶏龍市はあり、毎年この時期に行われる。行きたい留学生が数名いて自力で大変だということで、先生が会場の前まで車で連れて行ってくださった。

ちなみに他の友達は全員英語で、会話の際に英語力の低下をひしひしと感じつつ、韓国語が日常会話レベルなのが私しかいなかったため通訳の役割も担いながら1日を乗り越えた。開会式の日は4時から無料で入れるということで早めに到着したので街の市場にも行ってみた。

新鮮な果物や野菜が沢山売られていて本当に連れて帰りたかったが夜まで重い荷物を持って歩くのはしんどいのとよく考えたら冷蔵庫がないので諦めた。

伝統菓子や食堂では食べられないフードトラックのご飯を食べ、アイドルの公演も観られ、またソウルではないからこそできる貴重な体験も沢山あったので想像以上に楽しかった。

感想

秋夕(チュソク、日本でいうお盆)で食堂が4日間閉まってしまうと聞き、日本人のお姉さんと弾丸でソウルに34日出た。行動力が無いと生きていけない環境だなと痛感した。

今まで体験したことのない環境で生活するだけでも体力を使ったが、日本では100%体験できないことだらけでとても楽しかった。

本当に学校の真裏だったので開催前はずっと授業中に飛行機の訓練の音が聞こえてきて授業にならないこともよくあった。

会場では本物の軍人さんが案内してくださったり、戦車やヘリコプターの中に入れたりここでしかできない体験ができた。

奨学金の最後の振り込みが12月末だと言われたが、私は20日には帰国し銀行から引き出せなくなると事務室に言いにいったが個別に先に渡すことはできないし日本の口座に振り込むとなると高額の手数料がかかるので、別の日本人留学生の口座に一回振り込むのでそちらから受け取ってほしいと頼まれた。もう1人の日本人の留学期間が同じだったり信頼できない人だったら不可能な方法であり、今でもあまり納得していないが帰国前に気づいてまだよかったと思う。大学側は私たちの立場を理解して動いてはくれないため自分の身の回りの管理は徹底することをお勧めしたい。またこの四か月の間寮では予告もなく部屋の鍵を授業でいない間に勝手に開けられ掲示を貼られていたことがあったり土日は学校及び寮の職員と連絡が取れなかった。プライバシーがないとは現地の学生さんから話を聞いていたが実際にそう感じた出来事が何回かあったため鍵があるからと部屋に貴重品をわかりやすいところに置かないようにすべき。保健室もなく事務室では薬がもらえるだけなので急病になった時どうしたらいいのか最初に確認しておいて欲しい。

部屋に山の大きな害虫が出たり共用部のテレビが壊れていたり冷蔵庫がある部屋とない部屋があったり、常に品薄のコンビニは午前だけで閉まったりと都会の大学では考えられない環境だったが生きていく力は身についたと確信している。

何もないからこそ外に出たり自分で行動できたのだと思う。この短い期間の間に7つもの市に行けたと言うだけでも自信につながる。

語学だけではない経験が沢山できた貴重な4ヶ月だった。

 

 


橋田 菜美 (20188月〜20197)

 

 

私は論山市にある金剛大学で1年間留学生活を送りました。先輩方のレポートを読んだのでだいぶ田舎の方にあることは知っていたのですが実際に行ってみると想像通り、というか想像を超えるくらい田舎でした。こんな場所に学校があることが逆に不思議なくらいでした。普段東京に住んでいるためそれなりに覚悟を決めて韓国に飛び立ちましたが、学校に着いたときの驚きは大きかったです。寮に案内されて部屋の鍵と布団をもらって行ったのですが、まだルームメイトの韓国人は入寮しておらず一人ぼっちでした。学校の周りは静かだし、さらに部屋に一人きりだったのでなんだか急に不安と寂しさに襲われて、iPadで大音量で音楽を流したり動画を見ていたのを覚えています。()ただ、これも先輩方のレポートに書いてありましたが、1週間もすれば不安や寂しい気持ちは徐々に無くなっていきました。語学堂のクラスは少人数だったのですぐにみんなと打ち解けましたし、違うクラスの留学生とも文化体験や寮での生活を通して仲良くなることができました。語学堂のみんなの存在が私の留学生活をさらに楽しいものにしてくれました。私よりも早く金剛大学にいた留学生のオンニたちは本当に優しくて、何かあったらすぐに相談にのってくれて励ましてくれました。留学が終わった今でも大好きなオンニたちです。そして、留学前は想像もしていませんでしたが、金剛大学でバンドサークルに入って活動できたことも良い経験になりました。私は楽器演奏は全くの初心者でしたが温かく迎え入れてくれました。以前から興味があったドラムをやらせてもらえることになったので、韓国人学生に教えてもらいながら一生懸命練習しました。最初はドラムに楽譜があることすら知らず、目で見て真似するのがやっとでしたが、半年も経つと自分で楽譜を読んで練習できるようになりました。最初は全然叩けなくて辛い時もありましたが、毎日練習して叩けるようになっていくのが嬉しくて、なにより舞台に上がってみんなで演奏している時間がとても楽しくて幸せでした。練習以外にもメンバーたちとはチキンを食べに行ったり、泊まりでMTに行ったりもして楽しい思い出でいっぱいです。

   この他にもルームメイトと夜遅くまでお話ししたり、パートナーシップでたくさんの韓国人学生と関わりを持つことができました。金剛大学は周りには何もない田舎ですが、夕焼けがとても綺麗に見られて、山は季節によって色が変わって、そして田舎だからか分かりませんが生徒数が多くないので一年もいれば知り合いがとても多くなります。一年しかいられませんでしたが、今でもたまに行きたくなるくらい大好きな場所になりました。私は金剛大学に留学することができて本当に良かったです。