第1日目には3会場において6つの研究発表が行われた。
第1会場では大阪大学の頼いく誠氏による「台湾における日本の大衆文化─グロ−バル化とロ−カル化との連動─」と、
日本福祉大学の陳立行氏による「国際労働移動を通じたイノベ−ション移転の可能性について」が、第2会場では関西外国語大学短期大学部の中林眞佐男氏により
「『人種差別を無くすにはどうすれば良いか』異文化間コミュニケ−ションの授業から」と、九州ル−テル学院大学の石田順朗、石田バウァ・グロリア両氏による「『体験学習』
と連繋する科目『異文化コミュニケーションT・U』の場合」が、更に第3会場では、東京スチュワ-デス専門学院の清水絹代氏による
「クラスにおける異文化コミュニケ−ション・マネジメント」および札幌大学の御手洗昭治氏により、「『異文化戦略交渉史』:北太平洋と山丹交易の異民族関係史」
がそれぞれ発表され、どの会場も活発に討論が行われた。
オリエンテ−ションの後行われた基調講演Tは国際大学グローバルコミュニケーションセンター所長の公文俊平教授による「21世紀の
情報文明」であった。氏は、21世紀は近代文明がさらに進展し、第三次産業革命ともいえる情報通信産業革命の時代になるであろうと述べた。近代文明は、軍事、
産業、情報という3つの波を経験したが、それらがさらに継続し、複合的に作用することによって、本格的な近代情報文明が到来するとした。社会生活は全面的に
コンピュータに依存することになり「情報権」が確立し、個人を出発点とした「知の民主主義」が生まれると説いた。そのような情報の行き交う市場を「智場」と呼び、
智場の上の電子商取引と電子政府ができ、ウェブライフスタイルをもつ智民がモバイルとパーソナルの両面でのコミュニケーション活動に従事するようになる
であろうと述べた。日本社会はこれまで情報化の理解不足のためビジネス利用においては相当な遅れをとってきたが、今後に期待されるのは、新しく育ってきた
ゲーム・ケータイ世代が主役となって、かつての「日本的経営」に似た「日本的情報社会」を形成していくことになるであろうと述べて講演を締めくくった。
その後、限られた時間内に、新しく到来する情報社会の光と影をめぐって活発な質疑応答が交わされた。
同日夕食後行われた基調講演Uは亜細亜大学教授である游仲勲氏による「21世紀のアジア経済と日本」であった。
氏は、1997年のタイの通貨・金融危機から始まったアジアの経済危機について、原因、現状、そして今後の見通しについて、ユーモアを交えながら話した。
氏によれば、アジアは、4〜500年前までは、絹、茶、陶器、香辛料などの特産物や金銀などの産出で世界経済の中心であり、その後経済の中心は欧米に移ったが、
ここ10〜20年間で再び脚光を浴びるようになった。今回の危機は外的及び内的要因の複合したもので、危機といってもタイ、マレーシア、韓国、
インドネシア等で深刻であったが、中国、台湾、シンガボール、フィリピン等それほどでもない地域もあることを指摘した。99年に入って、回復の兆しが見えてきたが、
それをさらに確かなものにするためには、中国系の経済ダイナミズム及び日本の取りうるシナリオが鍵を握っていると述べた。つまり、長期的な予想としては、
幾多の波を経験しながら、中国系経済人の活躍によって危機からの脱出を果たし、アジアは再び世界経済の成長センターになる。ただし、その中で、一歩間違えぱ、
中国と米国が結びつき、日本が干される可能性もあると指摘した。氏は、日本が米国と共に中国経済の発展を支援し、それにより、日米中共に大きく発展する方向に
向かうかどうか現在日本人の叡知が試されていると述べて講演を終えた。その後、夜遅くまで活発な質疑応答が続いた。
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