第11回目を迎えた当セミナーは、過去十年間を振り返るひとつの節目として、また21世紀最初のセミナーとして、「異文化コミュニケーション」とは何かという根源的な問いを見直すことを趣旨としている。この用語が日本の大学機関で使われてすでに30年になるが、研究分野では残念ながら今もアメリカ中心の枠組みにとどまる傾向にあり、また内容も実践技能面に偏りがちである。したがって、心理学・国際関係学・文化人類学などとの学際的な交流を深めることによって思想・歴史・理論などの厚みを研究にもたせ、またグローバリゼーションやIT革命といった未知のうねりの中でコミュニケーションの様態がどのように変化し問われてゆくのかを見極めることが、我々の課題となっている。
こうした研究の蓄積と時代の変化を踏まえながら、より学際的かつ広い観点から今後の異文化コミュニケーション研究の方向性を模索するために、例年とは若干異り、一貫して上記の基本テーマを追及するプログラムを設定した。
まず、現在の我々をとりまく状況にたちかえり、個人・日本・アジア・現代社会など根本的要素の再検討を促すべく、基調講演および対談をプログラムの筆頭に据えた。トピックが非常に大きく十分な理解と議論のためには時間の制約もあって、参加者にはあらかじめ講師の著書『中空構造日本の深層』(中央公論新社、1982)その他数点が必読文献として指定され、河合・石井両氏の非常にわかりやすくテンポのよい講演に会場は終始沸いた。力説された点は、多様な人間が均衡を保ちつつ集まる「中空構造hollow
center」の日本人的気質を、覇者統合型の「中心構造power-center
/ principle-center」をもつ西欧文化圏に対して説明・主張してゆくこと、そしてそのためには圧倒的な影響力を持つグローバリゼーションの波に対抗できるだけの力をつけることの必要性であった。すなわち、深い言語力、知識のみでなく相手を納得させるだけの積極性、宗教理解などの習得がコミュニケーションの鍵であり、また異文化理解に欠かせない想像力を養うことも重要となるのである。質疑応答では茫漠とした日本的「文化」「個性」を中空構造と捉えるのは妥当か、そうした特質は全国でどの程度共有されているのか、教育の現場では具体的にどのように指導すべきか、などの建設的な質問やコメントが続出した。これらの講演・対談の詳細については、年内に講談社から刊行される予定である。
さらに、そうした発議を踏まえてより具体的な討論を行なうために、分科会では二つのテーマに分かれ、異文化コミュニケーション論とグローバリゼーションについて各会の講師が問題提起し、その後の約1時間を質疑応答とした。
分科会1は『異文化コミュニケーションの理論―新しいパラダイムを求めて』(有斐閣、2001)の編者でもある石井敏、久米、遠山の三氏のもとに進められ、数年前から脱アメリカが提唱されているこの分野の発展のために、新パラダイムの一例として多重構造をなす日本文化と異文化コミュニケーションがリンクするレベルをモデル化し、日本的ないしアジア的コミュニケーションのあり方を提起した。
一方、分科会2では、国際関係論の専門家竹田氏から東アジア世界を中心とした政治経済面での過去20年にわたる動向についての解説がなされ、1980年代にはまだ国民国家の枠組が意識された「国際化」「異文化(間)コミュニケーション」といったキーワードが、90年代以降は「グローバリゼーション」「トランスボーダー」といった脱地域化現象へと移っていることが指摘された。コメンテーターからはグローバリゼーションからはみ出したローカルまたはインフォーマルな側面の再評価や、固定的モデルとしてでなく刻々と変化するプロセスとして相手を捉える異文化理解のあり方などが提起された。これら二つの分科会の議論はその後の全体会議にて報告され、今後どのような概念をうちたてるべきかについての模索がなされた。
このように、セミナーの大テーマについてできるだけ自由闊達な意見交換ができるよう、夕食以降の時間帯や3日目の研究発表は個々人の裁量にゆだねられ、議論や今後の研究活動の打合せが諸所で行なわれた。
また初日の懇親会では、河合氏によるフルート演奏などのパフォーマンスも好評を博した。
当プログラムのもうひとつの特徴は、今回で2回目となった文部科学省メディア教育開発センター協力によるSCS放映(全国の提携大学への衛星中継)であり、これを通じて基調講演・対談・分科会2は遠隔地の視聴者も参加しての質疑応答が行なわれた。今後、このような情報通信技術(ICT)を通じた教育プログラムや国際会議には、いっそうの開発・実施が期待されるところである。
なお、詳細な異文研夏期セミナーの報告は、追って当研究所の紀要『異文化コミュニケーション研究』(14号)に掲載の予
定であるが、講師・コメンテーター・司会、SCSのコーディネーターおよび全参加者の皆様に改めて感謝し申し上げたい。
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