異文化コミュニケーション研究所
    Intercultural Communication Institute

 
第70回 異文研キャンパス・レクチャー・シリーズ


タイトル

人権侵害としての世界的貧困
Severe Poverty as a Human Rights Violation

講  師

トマス・ポッゲ 氏 (イェール大学 教授)

司  会

ギブソン松井佳子 (本学英米語学科教授・当研究所所長)

日  時

2010年12月15日(水) 17:00〜19:00 (開場:16:30〜)

使用言語

英語(要約通訳あり)

場  所

神田外語大学(千葉・幕張) 7号館2階(クリスタルホール)

 講師からのメッセージ

Severe Poverty is a Human Rights Violation when it is the foreseeable effect of active conduct by human agents which these agents could avoid without undue hardship. By this criterion, the rich countries are violating the human rights of the global poor if and insofar as they do things that foreseeably aggravate extreme poverty. One thing they do together is design and impose a global institutional order that is foreseeably much less avoiding of extreme poverty than it might be. In view of the harms this order inflicts on the global poor, its imposition may constitute the largest human rights violation in human history.

行為体としての人間が不当な困難を被ることもなく回避できる行為の結果として起こる予測可能な極度な貧困は人権の侵害です。この尺度からすると、富める国々が今後も深刻な貧困を増大させ続けることがわかっていて今の行為を継続させるならば、これらの国々が行っていることは世界規模で貧しい者達の人権を侵害しているということになります。これらの富裕国が一様に行っていることは何かと言えば、予測できる深刻な貧困を阻止しようとするのではなく、その真逆の方向性を持つグローバルな制度的な秩序を強要しているのです。この秩序がいかに世界的な貧困層を苦しめているのかということを考えるとき、この不当な要求は人類史上最大の人権侵害といえるかもしれません。

 講師紹介

Having received his PhD in philosophy from Harvard, Thomas Pogge has published widely on Kant and in moral and political philosophy (http://pantheon.yale.edu/~tp4/index.html). Teaching at Yale University, his current work is focused on a team effort toward developing a complement to the pharmaceutical patent regime that would improve access to advanced medicines worldwide (http://www.healthimpactfund.org).

ハーヴァード大学にて哲学博士号取得。カントおよび道徳哲学・政治哲学分野における著書多数。現イェール大学教授。近年は現行の薬剤特許制度を補完する目的で、新薬を貧しい人も含めた世界の全ての人々に供給出来る枠組みを構築しようとグループを結成して尽力している。
 講演会報告 (今千春、神田外語大学 非常勤講師)

 現在、世界的貧困は深刻な状況に置かれている。多くの人々が慢性的な栄養不足の状態にあり、人類の死亡の少なくとも3分の1が貧困に起因している。講師は、このような世界的貧困は人権の侵害であり、政治的秩序としての正義は、このような人権の欠損を予測可能な形で生み出さないことが最小限の条件であるとしている。

 ところが、世界の富裕国は貧困を阻止するのではなく、富める国ほど富を増やし続けており、真逆の方向性に進んでいる。そして、こうした経済格差の広がりにはグローバリゼーションが大きく関わっているという。つまり、富裕層が自己利益を優先させる制度的取り決めが、国の枠組みを超えてトランスナショナルな枠組みで推進されているのである。そして、この不正義に対し、強力な諸国とその国民は責任を負う立場にあるのだ。

 一方、世界的貧困はグローバリゼーションというよりもローカルな要因によるという論もある。これに対して講師は、グローバルな秩序がローカルな秩序と直接関係がないとは言い切れず、双方がどのような関係性にあるかを意識する態度が必要であると反論している。また、現在の世界流通のシステムが、貧困層が富を得ることができない制度となっている問題も指摘された。

 このグローバルな制度的秩序を変えるのは容易ではないが、改革の努力がなされなければならない。特に、永続的な構造改革、平等主義の真の道徳化、グローバル・エリートへの益、経験に応じた調節可能性、エンパワーメント、現実的・模範的な創造が重視される必要がある。その一例として、HIF(健康影響基金)が紹介された。これは、貧困国にも新しい医薬品が提供され、かつ開発企業が利益を独占しないシステムである。

 質疑応答では活発な意見交換がなされたが、最後に改めて世界の貧困がグローバリゼーションに関連していること、これを改善するには国家が重要な役割を果たすことが強調された。
 


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