異文化コミュニケーション研究所
    Intercultural Communication Institute

 
第69回 異文研キャンパス・レクチャー・シリーズ


タイトル

永井荷風の東京再表現戦略:
現実的かつ象徴的な都市空間としての路地空間の文学的表象
Nagai Kafu's strategy of rewriting Tokyo:
Literary representations of roji areas as real and symbolic urban spaces

講  師

エヴリン・シュルツ 氏 (ミュンヘン大学日本センター・日本学教授)

司  会

ギブソン松井佳子 (本学英米語学科教授・当研究所所長)

日  時

2010年11月19日(金) 17:00〜19:00 (開場:16:30〜)

使用言語

英語(逐次通訳あり)

場  所

神田外語大学(千葉・幕張) 7号館2階(クリスタルホール)

 講師からのメッセージ

Nagai Kafû (1879–1959) has become famous for his lifelong habit taking daily walks through Tokyo’s hidden back alleys and roji areas and writing about his experiences. His essay Hiyorigeta explores Tokyo’s multilayered, historical and cultural topographies. The lecture will give an overview of the major characteristics of roji areas and, taking Hiyorigeta as example, their representation in the arts and literature. I then will show how during the 20th century roji areas have been erased from the cityscape on the one hand, and how they are being rediscovered as an important spatial concept in the discourse on alternative forms of urban modernity on the other.

永井荷風(1879-1959)は東京の隠れた裏通りや路地を日々散歩することを生涯を通して日課とし、その経験をさまざまな形で書き残しています。彼は『日和下駄』という随想の中で、東京の重層的・歴史的・文化的な詳細描写を試みています。今回の講演では、路地空間の主要な特徴を概説した後、『日和下駄』を例に取りながら、路地空間の芸術的、文学的表現についてお話をしたいと思います。また、20世紀になって路地空間がどのように都市風景から消滅してきたかについて明らかにする一方で、都市の近代のオールターナティブな形についての言説の中で、その路地空間がどのように重要な空間概念として再発見されつつあるのかについてもお話しようと思います。

 講師紹介

Evelyn SCHULZ is Professor of Japanese Studies at the Japan Center of the Ludwig-Maximilians-University in Munich. Specialized in modern Japanese literature and urban studies, she is especially interested in the relationship between urban space and text as well as discourses on modernity and the city, in particular Tokyo.

ミュンヘン大学日本センターの日本学教授。専門は近現代日本文学と都市学。特に強い関心を持っているのは、都市空間と文学テクストとの関係およびモダーニティ(近代)と都市(特に東京)に関するさまざまな言説である。
 講演会報告 (今千春、神田外語大学 非常勤講師)

 1968年の明治維新による文明開化を機に、江戸は東京に改められ、近代化および都市化が推し進められてきた。それに伴い、江戸時代の庶民生活は様変わりし、江戸の町の風景は消失した。江戸の至る所で見られた路地もそのような都市景観の1つであるが、近年この路地が再評価される動きがある。果たしてこれにはどのような意味があるのだろうか。

 講師は、近現代日本文学と都市学を専門としており、特に都市空間と文学テクストとのつながりに関心を寄せている。ここでは特に、東京の都市空間に注目し、近代化の中で路地がどのような流れをたどってきたかを考察した。

 元来路地は、公私の峻別がなされてない、人々が生きる場として存在する空間であった。しかし、路地の狭くて暗い側面は近代化を阻むものとして捉えられてきた。これに対し、古くから存在するもの、生活に根ざしたものに価値を見出そうとしたのが永井荷風である。彼は東京の隠れた裏通りや路地を散策し、『日和下駄』という随筆の中で東京の美的空間を残そうとした。この作品では美的考察および文献による歴史的観点からの考察もなされており、単なる個人の散策記ではなく、文化全体を捉えようとする姿勢があらわれている。さらに、この作品の特徴は、永井荷風自身が歩くことを基本とし、それによってどのような体験ができるかという点に照準を合わせているところにある。これは、利便性を追求する近代の生活に対し、視点を変えて都市を見るオルタナティブとしての構想を提示している。

 質疑応答では、日本人の視点およびドイツの研究者の視点双方から永井荷風および路地に関する議論が交わされた。講師が一貫して主張したのは、路地が単なる細い道ではなく、人間サイズの生活空間であるということである。地域コミュニティが改めて注目されている現代において、永井荷風の路地論は今後ますます活躍していくことであろう。
 


  異文研HOME