異文化コミュニケーション研究所
    Intercultural Communication Institute

 
第39回 異文研キャンパス・レクチャー・シリーズ

タイトル

スライド上映と対話
絶望の中のほほえみ
−カンボジアでエイズと向き合って−

講  師

後藤勝 氏 (フォトジャーナリスト) http://www.ne.jp/asahi/site/myp/Masaru_Goto.html

日  時

2005年5月12日(木) 17:00〜19:00(開場16:45)

場  所

ミレニアムハウス

入場料

無料

協力

NPO法人「ゴー・グローバル」→世界に羽ばたく人の会
内戦でおよそ170万人の国民を失ったカンボジア。今その地では、約17万人がHIVに感染し、国民の70人に1人が苦悩の日々を送っています。エイズによって両親を失った孤児は2005年までには15万人に達するとも言われます。本講演では、バンコクに拠点を置いて取材を続けるフォトジャーナリストの後藤勝氏をお招きし、そうしたカンボジアのエイズの実情と私たちに投げかけられる意味をスライド上映とトークを通して共に考えます。
 日本でもエイズは重要な課題です。先進国のなかでHIV感染者が増え続けている唯一の国であるにもかかわらず、日本ではHIVはまだまだ他人事。ましてや、世界が直面しているグローバルなエイズの課題や、途上国が抱えるエイズの苦悩にはなかなか関心が及びません。エイズに苦しみ「生きたい」と強く願うカンボジアの人々と向き合うことで、私たちのひとり一人が今何をしなければならないかを考える機会にできればと思います。
 講師紹介
1966年生。高校中退。オンアジア・イメージズ所属。バンコク在住。『カンボジア:僕の戦場日記』(めこん、1999年)で‘Fifty Crows International Fund for Documentary’、WHO国際写真コンペティション2004 ‘River of Life’の二部門、2004年度上野彦間賞を受賞。この5月に写真集『絶望の中のほほえみーカンボジアのエイズ病棟から』(めこん)を刊行。
 講演会報告 (奥島美夏、異文化コミュニケーション研究所)
 グローバリゼーションが人、情報、モノなどの世界規模の移動と混淆をもたらしたとすれば、エイズ(後天的免疫不全症候群、HIV)はその影の側面、ないし負の遺産のひとつといえる。とくにアフリカやアジアといった第3世界では、続く内戦や貧困問題のためにエイズが爆発的に広がり続けている。国連エイズ合同計画(UNAIDS)の推計によれば、2010年までに中国、インドを中心とするアジアはエイズの最大感染地域になるという。日本でも昨年エイズ患者が1万人を突破し、「関心は高まらず、『感染者は横ばい、患者は減少』という多くの先進国とは対照的」(朝日新聞2005年5月16日)という現状で、他人事ではない。
 東南アジアでは、内戦が170万人の犠牲者を出して1990年代末にようやく終結したカンボジアが、もっとも深刻な状況にある。当地でエイズ感染者が初めて発見されたのは1991年と新しく、その頃の感染者は性産業関係者がほとんどであった。だが、内戦のためにエイズに関する教育がゆきわたらず、内戦で難民となった人々の中に児童もふくめて売春に従事する者が増えると、たった4〜5年で爆発的にエイズ感染者が増加したという。さらに、そうした売春婦たちを買う兵士たちが感染し、兵士から主に妻たちを通じて家族にも広がっていった。現在、感染者は17万人にのぼると言われる。パーセンテージ上ではピーク時よりやや減少しつつあるものの、それは90年代に感染者である兵士が、2000年以降はその妻や子らが次々となくなったためである。現在、20歳以上の感染率は54.8%で、内戦を生きのびた24歳以下の若い世代にも広がっている。
 講師の後藤氏は、従軍取材で1994年に初めてカンボジアを訪れて以来、ポル・ポト時代の激戦地・バッタバン州を中心に、兵士やその収容病院、荒廃する市街などを撮影し続けてきた。内戦後の病院に、かつて収容されていた負傷兵に代わって、おびただしいエイズ患者が効果的な治療を受けられないまま暮らしているのをみて、内戦がまだ本当の意味では終わっていないことを悟り、再び取材にとり組んだ。為すすべもなく無気力に生きる感染者やその家族ばかりでなく、彼らに対する近隣住民の差別、孤軍奮闘する現地医師、痛み止めの薬やわずかな生活費をもって毎日見舞いに奔走するNGO職員、7割方は売春経験があるがコンドームを使いたがらない男性たち、そしてエイズの危険性を理解していながらも生きるために客をとり続ける売春婦などとの出会いを通じて、それぞれの想いや信念を受けとめながら写真集『絶望の中のほほえみ』を完成させた。
 カンボジア政府は内戦締結後ようやくエイズ対策に乗り出し、2002年にエイズ対策法を可決した。しかし、財政難のためにエイズの十分な感染予防対策ができているとはいえず、地元のNGOなどが個々に活動しているのが実情だ。もっとも急がれているのは学童、売春婦などへの教育とコンドームの配布である。また、売春以外の職業訓練、感染者と家族のカウンセリング、民間薬などを使った伝統療法の試みなども行われている。先進諸国で唯一「エイズ後進国」の日本も、カンボジアの事例から学ぶべき事は多いはずである。とくに、これから恋愛や結婚、出産といった人生の諸段階を迎える若者たちに、世界が直面しているエイズ問題に向き合い、何をしなければならないかを考えてもらうためにも、講師はカンボジアからのメッセージを世界に発信していきたいと語った。

<参考>
後藤 進1999『カンボジア――僕の戦場日記』めこん
――――2005『絶望の中のほほえみ――カンボジアのエイズ病棟から』めこん
 


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